Dentsu Space Lab

人工衛星の開発者は語る #5「鈴木研究室」篇

種子島から12月9日(金)にロケットが飛び立ちます。大型バスサイズの無人補給機「こうのとり」を載せて、国際宇宙ステーションを目指します。補給機には食べ物や衣服の他に7基の人工衛星が相乗りし、宇宙空間まで運ばれて各ミッションを果たします。宇宙という特殊な場で様々な実験を行うためです。東大の研究室やローマの宇宙開発会社など、先端技術が勢ぞろいの本打ち上げ。7人の開発者から宇宙ラボ読者へ、自作の人工衛星について語って頂きました。

 

空気力学の先生が、人工衛星に初挑戦します。東京大学の鈴木宏二郎(こうじろう)教授は、超高速飛行体の専門知識を生かしてEGG衛星(reEntry satellite with Gossamer aeroshell and Gps/iridium)を作っています。

人工衛星が惑星に突入する時、100キロを越える高所から落ちるために猛スピードになります。すると機体の先端が空気を押しつぶし、温度が数千度以上になり燃えてしまいます。そこで空気力学や流体力学の専門家たちがチームになり、温度上昇を避けるための形状を研究しました。燃え尽きずに惑星に着陸させる技術開発のため、EGG衛星が作られました。

東京大学の新領域創成科学研究科、鈴木教授に詳しく教えて頂きました。

EGG衛星:展開前(東京大学 新領域創成科学研究科先端エネルギー工学専攻 鈴木研究室提供)

夢は火星探査

EGG衛星の打ち上げ目的は3つあるそうですね。1つずつ教えて下さい。

鈴木:1) 宇宙でのGPSを利用した位置情報取得とイリジウムSBD通信の実証です。

これが成功すれば、衛星専用の無線装置の搭載や、地上での専用通信基地の確保がなくても、超小型衛星が運用できることが実証されます。

人工衛星の位置を知るため、イリジウムSBD(short burst data)を利用するのですね。人工衛星と通信する時、通常は地上に基地を作ります。この時、基地と衛星が地球の裏側にあっては通信ができません。

「ISSから放出される超小型衛星による柔軟エアロシェルの大気圏突入実証試験計画」より引用

イリジウム通信は、上図のように地球上をカバーする通信衛星網のことです。EGG衛星が自分の近くにある通信衛星に居場所を知らせることで、イリジウム通信の衛星をつたって地上と通信できるのですね。
イリジウム通信についてもう少し教えて下さい。

鈴木:イリジウム通信は地球上をグローバルにカバーできる衛星通信システムとして地上で使われているものです(日本ではKDDI社が窓口になってサービスを提供しています)。つまり、一般民間用に提供されている商用の通信インフラです。人工衛星に搭載して宇宙で使用された実績はほとんどありません。日本ではEGG衛星が初めてのはずです。

EGGは宇宙専用に開発された通信装置や地上アンテナを持たずに、既存地上通信インフラによって衛星を運用するという非常に野心的な実験を行います。

 

では、二つ目の目的を教えて下さい。

鈴木:2) 軌道上での展開型膜面エアロシェル展開実験です。

大気圏に突入するためには空気ブレーキ(傘のようなもの)が必要です。通常は、はやぶさのカプセルのように固い耐熱カプセルで衛星全体を防御するのですが、EGG衛星では、ガス圧で展開するインフレータブルリング(浮き輪)で周囲を支持された耐熱高強度の布製空気ブレーキ(傘)を用います。そのようなものが宇宙空間で正常に展開でき、展開後も正常に衛星が飛行できるかを検証します。

EGG衛星:展開後(東京大学 新領域創成科学研究科先端エネルギー工学専攻 鈴木研究室提供)

10センチの人工衛星から、直径80センチの傘が広がるのですね。4キロと軽量で面積が大きく、見たこともない形です。

鈴木:軽量大面積の膜構造でできた空気ブレーキが最大の特徴です。密度の薄い空気中でも効率よく空気抵抗ブレーキを得られるよう、進行方向に向けて角度を大きく広げた傘の形をしています(キノコに似ていると言う人もいます)。超高高度で速やかに減速できるため、高度の低い濃い大気中を猛スピードで飛ぶことがなく、そのため、大気圏突入の火の玉(はやぶさカプセルの帰還映像を思い出して下さい)が弱くなり、衛星が大気から受ける加熱(空力加熱)が大幅に弱まります。

とはいえ、ある程度の風圧や加熱を受けますので、EGGでは強度と耐熱性に優れた東洋紡のザイロン®繊維製の布を空気抵抗ブレーキ傘に使用しています。

 

3つ目の目的は何ですか。

鈴木:3) 低弾道係数化による軌道崩壊の観察です。

衛星の重量をその面積と空気抵抗係数の積で割ったものを弾道係数とよびます。EGG衛星では軽量大面積の耐熱布製空気ブレーキを使用しますので、この値が通常の衛星に比べて2桁ほど小さくなります。弾道係数が小さいということは、軽い割に大面積で大きな空気抵抗を受けることになりますから、空気ブレーキが非常に良く効くことを意味します。高度100km以上の超高高度でも地球にはわずかな空気が存在するため、その空気抵抗を効率よく受けてEGG衛星は、短時間で高度を下げ、大気圏に突入します(これを軌道崩壊といいます)。このことを得られた飛行データによって実証します。

※なお、今回のEGG衛星では、耐熱性の一部をわざと弱くしてあり、大気圏突入後、すぐに燃え尽きるようにしてあります。地上への着地はありません。より低高度での飛行や着水については、2003年から2012年までに実施された一連のJAXA気球および小型観測ロケットを用いた落下飛行実験で実証済みです。

 

開発はいつから始まりましたか。

鈴木:傘のように展開して使う膜構造空気抵抗ブレーキの利点について、私たちの研究グループでは2000年頃から注目し、JAXA大気球や小型観測ロケットを利用した飛行実証実験を行ってきました。2012年にJAXA小型観測ロケットを用いた高度150kmからの落下飛行実験に成功し、次のターゲットは宇宙からの飛行だと考えました。2014年に「きぼう」から放出する超小型衛星提案(無償枠)に応募し、採択して頂きました。

 

普段はどんな研究をされていますか。

鈴木:私を含め共同研究メンバー(東大、日大、東工大、東京農工大、東京理科大、北大、阪大、岡山大、JAXA宇宙研ほか、の研究室で構成)のほとんどは空気力学や燃焼といった流体力学の分野が専門で、人工衛星工学の専門家ではありません。上記で説明しましたように、EGGは「空力屋」としての発想から生まれています。従って、普段は空気力学に関する研究をしています。

私(鈴木)の場合、東京大学柏キャンパスにある極超音速高エンタルピー風洞での実験などは、EGGに至る基礎研究として役立っていると思います。

東京大学柏キャンパス極超音速高エンタルピー風洞、HPより(東京大学 新領域創成科学研究科先端エネルギー工学専攻 鈴木研究室提供)

今、一番のハードルは何ですか?

鈴木:EGG衛星に関しては、既に衛星の引渡しも済んでしまったので、これからは衛星の運用をミスなく確実に行うことだと考えます。既にお話ししましたように、私も含めメンバーは人工衛星の運用は初めての経験です。これから得られる貴重な経験とデータを活かせるよう頑張りたいと思います。

 

将来、人間も乗れるようになりますか?

鈴木:展開型膜面空気抵抗ブレーキのメリットには有人、無人の区別はありません。原理的には可能です。そのためには大幅なサイズアップが必要となり、そのこと自体、大きな技術的チャレンジとなりますが。

 

今はJAXAの手にわたり、ロケットの打ち上げを待つばかりです。今後の夢を教えて下さい。

鈴木:密度の低い大気でも効率よく空気抵抗ブレーキが効くEGG衛星タイプのデザインは、地球に比べて非常に薄い大気を持つ火星探査において、そのメリットが発揮されると考えています。将来の火星探査にこの技術を使うのが夢です。

 

地球外生命体に会いに行くには?

今、火星移住計画が話題になっています。未来にEGG衛星による軟着陸の仕組みが実現すれば、きのこ状の傘に守られて人類が火星に降り立つ日がくるかもしれません。

この広い宇宙で、私はどこか他の星にも生命がいるのではないかと思います。あと数世紀したら、その生命体と出会えると思うのです。生命体に会うには彼らを発見すること。その一つ手前のステップとして、化石でもいいので生命の痕跡をを見つけることが必要だと思います。例えば今年、木星の衛星エウロパから水蒸気のプルーム(間欠泉)が噴き出している可能性があることが分かりました。エウロパの表面は氷に覆われていて、もしプルームがあるなら氷の下には水と熱があることになり、生命のいる期待が高まります。

EGGの技術で未知の惑星に降り立ちサンプルリターンができれば、どのような星に生命が存在できるか、研究が進みます。地球外生命体と会える日が一歩近付くと思います。

東成樹